クーリエ6月号

今月のテーマは、“世界に通用する「教養」を身に付けよう”。僕は「教養」という言葉に弱いので、ついつい買ってしまいました。この手の本を読んだくらいでは、教養なんて身に付かないのは分かってはいるんだけど、教養ってなんだろうって考えるヒントにはなると思うのと、大体一緒についてるブックガイドが気になって、手が伸びてしまいます。

佐藤優氏のインタビューによれば、教養とは、「学術的な『知』を生活と結びつけて活用する能力」であり、啓蒙主義の時代に、ヨーロッパで生まれた概念とのこと。
個人的には、この定義が狭すぎる気がしました。いわゆる「リベラル・アーツ」の源流は、ギリシャ・ローマ時代にあると言われているし、日本でも、平安時代ぐらいから和歌や書道など教養らしきものはあった。啓蒙主義時代のヨーロッパ以外のところにも、「教養」に相当するものはあったのではないか、と個人的には疑問に思いました。

それでは、教養とは何だと思うのかって言われると答えに窮してしまいますが、僕は、教養というものには、2種類あるのではと感じました。
一つは、自らのものの見方を相対化し、批判的に物事を考える能力です。多面的にモノをみる力といってもよいかもしれません。哲学や歴史、あるいは文学の効用は、今現在当たり前だと思われていることが、時代や文化が違えば、決して当たり前ではないという気づきを得られることだと思います。また、自然科学ですら、よくよく学べば、絶対的真理ではないということに気づかされるはずです。教養があるとは、色々なものの見方を知ったうえで、物事を考えることが出来る力だといえると思います。こちらは、自己完結できる教養でしょう。
もう一つは、エリート等のハイクラスに属している人間が身に付けているべき何かです。こちらは、文化的素養といってもいいかもしれません。本誌でも、「ワインの教養」などというページが登場していますが、どこの産地のワインが美味しいかは、学問的な知見とは言い難いでしょうが、教養の一つであると思います。こちらは、自己完結しえない社会的な教養だと思います。

自分は常々、教養のある人になりたいと漠然と思っていましたが、この2つを区別していくことは結構重要なんじゃないか、そんなことを考えながら、本誌を読みました。中身の紹介がほとんどなくて、すみません。
イギリスのエリート学校であるイートン校の紹介など、海外の教養事情がわかって、とても面白かったですよ。ブックガイドは、いまいちだと思います。